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ミュージカル『レ・ミゼラブル』

公演記録

ミュージカル『レ・ミゼラブル
2024年12月25日(水)13:00開演 @帝国劇場

吉原光夫 石井一彰 木下晴香 清水美依紗 中桐聖弥 水江萌々子 染谷洸太 樹里咲穂 木内健人

鎌田誠樹 佐々木淳平 菊地創 深堀景介 杉浦奎介 伊藤広祥 柴原直樹 新井海人 横田剛基 蘆川晶祥 町田慎之介 ユーリック武蔵 宮島朋宏 田川景一
町屋美咲 宇山玲加 湖山夏帆 三島早稀 横山友香 五十嵐志保美 西村実莉 清水咲良 北村沙羅 吉良茉由子

アッカヤ陽仁 鞆琉那 荒川寧音

作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
原作:ヴィクトル・ユゴー
作詞:ハーバート・クレッツマー
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル
翻訳:酒井洋子
訳詞:岩谷時子
プロデューサー:坂本義和/村田晴子/佐々木将之
製作:東宝

感想

2021年公演以来、今期初観劇です!吉原さん・樹里さん・木内さん以外は全員新キャストでした。

誰も特別ではないレ・ミゼラブル

始まって早々、全体的に殺伐としているな……と驚きました。過去公演時は、年によって多少の差はあれど「神」を拠り所にして敬うという心が民衆の根底にあるように見えたのですが、今期は誰も彼も希望を失っていて目が死んでいる。
銀の食器を盗んだバルジャンが捕らえられたあと、司教の言葉で警官や野次馬たちが散っていきますが、司教に挨拶どころか頭を下げる素振りすら見せないのが印象的でした。その流れもあってか、司教がバルジャンに向ける視線がとても厳しく感じられました。バルジャンという人間を信じる・受け入れるというよりは「寛容に接する」という罰を与えたような印象です。

♪独白 までのバルジャンを見ていると特に、人間の持つ悪性がより強く感じられました。これまでのバルジャンは理不尽に虐げられていた面も多分にあったと思うのですが、今期は疎まれるのも仕方ないよな、と。転んだ子どもに手を差し伸べるシーン、恫喝しているようで結構怖いですよね。
テナルディエも道化的な一面はかなり抑えられていて、女性客にちょっかいを出すとかもなく、ひたすら金儲けに余念がないようでした。鳩の首飾りを取るところ、なかなか勢いが凄かった。。。染谷テナルディエ、かなりあくどい印象でした。人間、一歩間違えたら誰でもああなってしまう可能性がある、という恐ろしさを感じさせられる。コゼットのコの字も思い出せないのも当然というか。樹里さんの夫人もピュアな悪意が垣間見えるタイプなので、二人揃うとそりゃ普通の人は近寄りたくないよな……と。

こういう流れを踏まえると、登場人物の誰かが特別で誰かが凡人だったというのではなく、あの物語の民衆の誰しもがバルジャンにもジャベールにもテナルディエにもなり得たのだ、と感じました。これまではバルジャンやファンテーヌや司教など、誰かしらが聖人のように見えることが多かったので、大分新鮮な気持ちになりました。今回は大分キャラクターの個性が抑えられていたように見えたのですが、物語自体の描かれ方が大きく変わったのかもしれません。

そんな中で、石井さんのジャベールはとても純粋に見えました。犯罪を犯す人間と犯さない人間とでは絶対に根本を同じにはし得ないと信じている。工場での労働者たちのような、犯罪を犯していないけれど倫理的に外れた人間たち、というものを目の当たりにしたことが無かったのかもしれません。だからこそ犯罪者でありながらも真っすぐだったバルジャンを認められなかったし、「市長」の正体を見破れなかった自分自身を何よりも認められない。彼にとっては、本当はバルジャンに殺されることが一番の救いだったんじゃないかと感じました。誰でもバルジャンになり得る、という意味では、とても今回のレ・ミゼラブルらしいジャベールだったのではないかと思います。

「若者」だったファンテーヌ

これまでと大きく印象が違った登場人物の一人がファンテーヌ。登場から死の瞬間まで、♪夢やぶれて の曲中ですらもずっと、全てを諦めきったような表情が印象的でした。
♪一日の終わりに で女性労働者たちが横並びに姿を現しますが、あの一瞬だけで「何故彼女ひとりが疎まれたのか」がはっきりと理解できてしまって、やるせなくなりました……。どこへ行っても目を引くであろう佇まいで、過去にもああして理不尽に扱われたことがあったのだろうと思わされます。
だからこそ、追い出された時も、工場長の相手をした時も、バマタボアに足蹴にされた時すらもほとんど無表情に近しかった彼女が、波止場でバルジャンに手を差し伸べられた時に見せる目つきの恐ろしさが際立っていました。悪意の無い、けれど中途半端な優しさが何よりも無責任に感じたのでしょうね。
キャストさんによってファンテーヌ像は様々ありますが、晴香ファンテは「自分が愚かだと自覚している」「人生で幸せな瞬間は殆ど無かった」「生きたいわけではないけどコゼットがいるから死ぬに死ねない」「死して平穏を得た」ファンテーヌだと感じました。死=救いではないけれど、死以上に彼女にとって穏やかな道はない。2022年公演のミス・サイゴンで屋比久キムを見た時の印象に近いかもしれない。

これまでのファンテーヌは比較的バルジャンと世代が近い(互いに恋愛対象になりうる世代)印象だったのですが、今回は疑似親子のように見えました。演出の違いか、キャストさんの年齢差の問題かはわかりませんが。「哀れな女性を救えなかった」ではなく、「守られるべき若者を救えなかった」という感覚。
そもそもファンテーヌに限らず、今回は全体的に若者や子どもへの憐憫が強調されていた気がします。たとえばガブローシュの遺体を前にしたジャベールが、組まれた両手の上に自らの手を重ねるあたりとか。過去公演では「一人の人間としてのガブローシュに敬意を払った」という印象だったのですが、今回は純粋にその死を悼んでいるように感じられました。

現実的な若者たちと、大人になりきれないマリウス

ファンテーヌに限らないのですが、全体的に若者たちが現実的で一歩引いている部分が目立っていたような気がしました。たとえばアンジョルラス、学生たちが盛り上がるなかでも常に他人よりトーンを下げていて、行き過ぎてしまわないように制御している。カリスマ性で引っ張るというよりは、冷静に先行きを見据えて導くタイプのリーダーで、「死のう、僕らは」と言う時ですらどこか俯瞰で見ている。木内さんのアンジョルラスの個性でもあると思うのですが、今回は以前よりもグランテールへの当たりがきつく見えたので、より現実的な面が強調されていたのかもしれません。

リトル・コゼットは比較的表情豊かでお転婆そうに見えたのですが、水江さんはそのまま成長したような、茶目っ気や天真爛漫さが残った朗らかなコゼットでした。一方でマリウスへの恋心とバルジャンへの反発ははっきりと別軸に分けられていて、その意味では過去対比で大人びていたと思います(これまでのコゼットは、反抗期と恋とが重なってバルジャンに反発しているように見えることが多かったので)。

対するエポニーヌは、マリウスに対して恋愛感情はあるけど、どうしても相容れない部分があることも理解していて、応えてほしいとも応えてもらえるとも思っていなさそうでした。コゼットと引き合わせたり手紙を届けたりするのも、純粋に友人として力になりたかったという思いも相応にあったのかもしれません。
一方で、過去公演での彼女は、同年代であるモンパルナスに対して(限りなく薄い)友人としての情を持っているように感じられたのですが、今回はひたすらドライだった気がします。♪プリュメ街の襲撃 でエポニーヌが金的→モンパルナスが本気で殺しにかかる流れ、結構衝撃でした。。。彼、以前はエポニーヌを抑え込むためにナイフを突きつけて羽交い絞めにしたという印象でしたが、今回は本当に首を切ろうとしていた。レ・ミゼラブルの劇中で暴力が描かれるシーンは多々ありますが、かなり異質ですよね。金的=(恐らくエポニーヌに恋愛感情に近いものを抱いている)モンパルナスという男の否定で、だからこそあの瞬間、二人は永遠に手を取り合えないと決定づけられたのだと感じました。悪人にも悪人なりの人間関係と情がある、というのを徹底的に削いだのが今回なのかな。

そんなこんなで、マリウスは相対的にかなり幼く見えました。年相応ではあるけど、あの時代の若者にしては甘くて無神経な部分が目立つという感じ。たとえばエポニーヌが「大した本だね 私も読めるわ」と言った時に思わず笑い飛ばしてしまうあたり、無意識に彼女を侮っていたのかなと。それでも彼女を友人として心から大切に思っていたのは事実で、だからこそ結婚式でテナルディエと再会した時に露骨に嫌悪感が顔に出たのだと思います。あそこで少しでも取り繕うことができないあたり、彼がまだ幼くて純粋である証拠な気がします。

まとめ

♪エピローグの終盤、バルジャンが「お前に会えて 静かに今、死んでいける」と歌うシーンで、はっきりとコゼットとマリウスの両方を指しているのがとても心に残りました。彼にとっては、自分に十分な力があったにも関わらず救えなかった若者(ファンテーヌ)のことが生涯を通じての後悔で、だからこそ自らの手が届く場所にいた若者たち(コゼットとマリウス)を幸せに導けたことが、何よりの誇りだったのだなと感じました。今期のレ・ミゼラブル全体のテーマなのか、今回のキャストの組み合わせゆえなのかはわかりませんが、これまでのレ・ミゼラブルとはまた違った終着点に感じられて心を動かされました。

今期初観劇、全体的に「静」の印象が強くて、じんわりと心が温かくなる舞台でした。別のキャストさんたちで拝見するのも楽しみです!

 

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